オーツカ
年々市場が拡大しているノンアルコールワイン。
日本でも数々のノンアルコールワインがリリースされていますが、その味についてちょっと気になることが。ノンアルコールワインの感想として、次のような意見をよく耳にするのです。
「ノンアルコールワインは白や泡なら美味しい!だけどノンアルコール赤ワインはいまいち…」
いや、わかる!すごいわかる!
僕も何十本かノンアルの赤をレビューしていてそれは思った。
というわけで、この記事では、ノンアルコール赤ワインが美味しくないと言われてしまう原因を「科学的な理由」から調査。赤ワインの味に必須な成分の解説を交えて、詳しく説明していきます。
コンテンツ
ノンアルコール赤ワインが美味しくないと言われてしまう原因は?
たくさん飲み比べてきたノンアルコール赤ワイン。
なぜ美味しくないと言われてしまうのでしょう。
みなさんの声を調査することこんな声が聞こえてきました。
- 冷蔵庫で冷やして一気飲みしないと美味しくない
- 赤ワインを薄めたような感じがしてしまう
- 樽の香りが取って付けたような感じ
- 渋味を感じないため、美味しく飲める
ふむ。確かに多くの人が、ノンアルコール赤ワインの味を「何か物足りない」と感じている様子。その一方で、むしろ「渋くないので飲みやすい」との声もちらほら聞こえます。
ノンアルコール赤ワインの味に関する意見を総合すると、共通する次の特徴が見えてきます。
ノンアルコール赤ワインの味は…
- 口当たりが軽い
- サラサラとしたテクスチャー
- 渋味が少ないものが多い
- 樽香が少ない、または不自然
つまり「ボリューム感」と「渋味」そして「樽香」あたりに赤ワインの味を決める秘密が隠れていそうだと分かります。
それもそのはず「ノンアルコール赤ワインは、赤ワインの味わいを決める『ある成分』が足りないので、物足りなさを覚えてしまう」のです。
それでは、赤ワインの味を決める重要な要素について詳しく見ていきましょう。
赤ワインの味わいを考える キーワードは「ボディ」
赤ワインならではの味わいを表現する上で、最も重要になるのが「ボディ」の存在。よく赤ワインのラベルに書いてありますね。ライトボディとか、ミディアムボディとかフルボディとか。アレです。
ボディは主に「甘み」と「渋味」で構成され、赤ワインならではのコクや厚みの表現に用いられます。
また甘みと渋味に加え、樽熟成により生まれるロースト香やスパイス香・複雑味なども、ボディに影響を与えています。
ボディの「甘み」は、糖分による甘さだけではなく、アルコールがもたらすボリューム感のことも指します。アルコールはワインに粘性を付与し、味わいに厚みを与える働きがあるのです。
「渋味」については後ほど詳しく解説しますが、タンニンという成分が引き起こす味覚の一種です。
そしてボディを感じさせる要因の8割は「アルコールとタンニンによる味覚への影響」だと言われています。
ノンアルコール赤ワインには当然「アルコール」がありません。
アルコールは、赤ワインにあるべき「ボディ」を構成する重要成分。それが欠けているため、否応なしに物足りなさを感じてしまう訳です。
「渋味」の元となるタンニンも赤ワインの味を決める重要な要素
ワインの味わいは、主に3つの要素で評価されます。
3つの要素とは「酸味」「甘み」「渋味」。このうち「渋味」は赤ワインならではの要素です。
赤ワインの渋味を生む「タンニン」は、黒ぶどうの果皮や種子に含まれるポリフェノール類の化学成分。樽熟成で使用する「木樽」にも含まれています。
フルボディの赤ワインを飲んだ時に、舌がきゅーっと引き締まるような感覚を持ったことはないでしょうか?タンニンは唾液に含まれるたんぱく質と反応し、舌に収斂性を感じさせます。これが「渋味」と呼ばれる感覚を引き起こしているのです。
タンニンはぶどうが育った気候や熟成具合によって、様々な強さ・緻密さに変化します。「どのようなタンニン(渋味)を持つか」という点が、赤ワインの個性を決めるといっても過言ではないのです。
ノンアルコール赤ワインにはこのタンニンを取り除いてしまう製法が使われているものもあります。
ボディのある赤ワインには不可欠な「樽熟成」
一部の白ワインと多くの赤ワインでは、熟成にオークの木樽を用いる「樽熟成」が行われています。樽熟成させることでワインは味・香りの深みがより大きくなり、結果的に「ボディ」が強いワインになるのです。
樽熟成がワインのボディに影響を与える要素は、以下のようなものが代表的。
これらの要素がバランス良く混ざり合うことで「ぶどう本来の良さ」をより魅力的にする効果が表れます。
- ロースト香(成分:グアヤコール、フルフラールなど)
- スパイス香、バニラ香(成分:オイゲノール、バニリンなど)
- 渋味(成分:タンニンなど)
樽熟成は赤ワインのボディに厚みを加えられる手法。しかし残念ながら「樽熟成すればどんな赤ワインも美味しくなる!」という訳ではありません。もともとボディの弱い赤ワインを樽熟成させても、ワインの良さは引き出せないのです。なぜなら、樽香がぶどう由来の味・香りを覆い隠してしまうから。樽熟成は「ボディがある赤ワインを、より美しいボディにするための手法」だと言えます。
ノンアルコールの赤ワインを製造する過程で失われる物
「アルコールとタンニン、樽からの成分が作り出すボディが赤ワインの味にとって重要」だということが分かったところで、ノンアルコール赤ワインの話に戻ります。
実を言うとノンアルコール赤ワインは、製法によってタンニンが失われてしまうことがあるのです。
特に「逆浸透膜法」と呼ばれる製法ではその傾向が顕著。分子レベルが通過できるフィルターによってアルコールを除去する製法なのですが、同時にタンニンも除去されてしまうのです。
アルコールとタンニンが失われること。それはすなわち、赤ワインの味に特有な「ボディ」を構成するほとんどの要素が無くなってしまうことを意味します。
これが、ノンアルコール赤ワインに感じられる「物足りなさ」の大きな原因になっているという訳なのです。
ただし、ノンアルコール赤ワインの製法にはいくつかの種類があります。タンニンが失われない製造方法として代表的なのが「減圧蒸留法(低温蒸留法,真空蒸留法)」です。
減圧蒸留法とは、減圧状態の中でワインを低温蒸留してアルコールを分離する製法のこと。「減圧蒸留法」であれば、タンニンが残されたノンアルコール赤ワインができあがるのです。
減圧蒸留法で造られたワインには、ヴィンテンス カベルネ・ソーヴィニヨン などがあります。もちろんアルコールがないので、ボディが細めになりますが、赤ワインならではの渋味を感じられる仕上がりです。
ノンアルコール赤ワイン と樽熟成の難しさ
ノンアルコール赤ワインにある違和感の一つとしてあげた「不自然な樽香」問題。これについても、製造過程と合わせて考えてみましょう。
樽熟成をしているノンアルコール赤ワインには「オピア カベルネソーヴィニヨン」 などがあります。オピアは、アルコール発酵が起こらない温度下で醸した後、樽熟成・加熱殺菌する手法で造られます。
気になるオピアの味は「うっすらスパイス香があるものの、ケミカルなフレーバーが鼻につく」といった印象。このような味になってしまう大きな理由は、アルコールが含まれていないことにあります。樽香の成分は、アルコールがないと香りの調和が取りにくくなってしまうのです。
樽香に含まれるグアヤコール、フルフラール、オイゲノール、バニリン などの香り成分は、アルコールに溶け出しやすい物質。一方水には溶けにくい性質を持っています。そのため「ほぼ水分」であるノンアルコールワインを木樽に入れても、香りが液体に溶け込めず上手く混じり合わないのです。混じり合わない香り成分は「個々の化学物質」として揮発し、鼻に届くことに…。結果ケミカルな印象が強く出てしまいます。
付け加えると、製造する上での「熱を加える工程」も、味・香りの印象をアンバランスにしてしまう要因。揮発性の高い香気成分の減少・劣化を引き起こすからです。
これらの理由から「ノンアルコール赤ワインと樽熟成の相性はいまいち」という結論を出さざる得ません。少なくとも現状では、樽熟成ではないノンアル赤を選ぶ方が満足できそうです。
ノンアルコール赤ワインが秘める可能性
ノンアルコール赤ワインには、赤ワインの味を決める重要な要素が欠けているのは確か。特に「アルコール」「タンニン」の両方が除去されている場合は、それを顕著に感じることでしょう。
そこでノンアルコールの赤ワインを十分楽しむために提案したいのが、次の5つの方法です。
- タンニンが除去されにくい「減圧蒸留法」で造られた銘柄を選ぶ
- もともとタンニン分の少ないぶどう品種の銘柄(ピノ・ノワールなど)を選ぶ
- 樽熟成していない銘柄を選ぶ
- 10度以下に冷やして飲む(渋味がより強く感じられる)
- ノンアルコールサングリアなど、モクテルベースとして楽しむ
ボディの弱さをカバーしつつ「飲み口や香り」を重視するのが最大のポイントとなりそうです。
海外では、赤ワインのエッセンスを利用したノンアルコールドリンク「ワインウォーター」 や、ハーブやスパイスとブレンドする「ワインオルタナティブ」がにわかに広がりを見せています。
これらに共通するのは「ボディ」ではなく「ぶどう由来の香り」や「スッキリとした飲み口」に焦点を当てているということ。黒ぶどう品種の持つ「香りの個性や風味」に着目することで、ノンアルコール赤ワインを楽しんでいるということです。あえてボディを外してライトな飲み物にしているということですね。
欧州では、安価な赤ワインを氷や水割りで楽しむことが一般的。今年の夏はノンアルコール赤ワインにたっぷりと氷を入れて、爽やかなぶどうの香りを楽しんでみるのもよさそうです。
ノンアルコール赤ワインのおすすめはこちらに掲載しています。ぜひお試しください。
戸塚昭 他編「新ワイン学」ガイアブックス
ディヴィッド・バード「イギリス王立化学会の化学者が教えるワイン学入門」X-Knowledge
一般社団法人日本ソムリエ協会「2020日本ソムリエ協会教本」
ジェイミー・グッド「ワインの科学」河出文庫